不動の瀧


等々力渓谷を行く
利剣の橋の右岸側から見ると南無不動明王の旗が立つ稲荷が見える。その右手が不動の瀧である。

等々力渓谷を行く
利剣の橋を渡ったところに弘法大師と観音様の像がある。参拝10周年記念とかでどなたかが建立寄付されたもののようだ。


等々力渓谷を行く
これが等々力不動尊発祥のもととなった不動の瀧。龍の口から湧水が流れ落ちている。湧水が途絶えることは無いそうだが、絹の糸ほどの水量ゆえだろう。壮大な滝や落差を誇る滝は多いが、この規模のものを瀧と言い張るのは考えようによっては素晴らしい事かも知れない。
目に見えるもの以上に心の中での広がりのほうが重要なのだ。不動の瀧も信仰心があれば巨大な滝にもまさるパワースポットにもなりうるのだ。
不動の瀧の解説板も立っていたが時代を経て所々読みにくくなっていた。


不動の瀧

等々力渓谷を行く
利剣の瀧 等々力の瀧とも呼ばれる等々力不動の瀧は 今から八百数十年の昔
高野山を中興し 根来寺を開創して量算の座主となられた興教大師(覚鑁上人 かくばんしょうにん 1095年~1143年)が 役の行者の利された不動尊の夢告により この尊像を奉 して 渓谷を逆上ると 幽 な空気に満ち 所に到った
見上げるばかりの断崖の中段を ・杖を振っ
てうがつと 霊泉が ほとばしり出て瀧を成した
この瀧の上に 奉納した不動尊を安置し
たのが崖の上の御本堂の等々力不動尊である
四季に 枯れることのないこの瀧を
お瀧と呼んで 一心不乱に修行する人は今も多い
等々力の地名は 一説 瀧の轟く音に由来すると言い 瀧轟山 という 山号にもなっている 
他の一説は 満願寺が深沢免々呂城内におり免々呂城(とどろき)の満願寺と呼ばれ
現在地に移転後もとどろきの満願寺と言った事から地名になったという
瀧 轟 山
等々力不動尊
満願寺別院


等々力渓谷を行く
龍の水口の横には不動の瀧と刻まれた石碑が立ってた。下部にはこの瀧を建造寄贈した信者の名が刻まれている。手前の丸い石碑には「瀧」「音」などの文字は読めたが全部の文字は読めなかった。おそらく、瀧の水音が轟いて等々力になったような事が記されているのではないだろうか。
等々力渓谷を行く
不動の瀧の先に稲荷堂がある。非常に丁寧に参拝している女性が多かったのは何か由来があるのだろうが当日は不明だった。
この不動の瀧周辺は平凡な私でも何か霊力を感じる場所である。