野毛大塚古墳


等々力渓谷を行く
一応、渓谷なので山の上に行くには中々の階段を登っていくことになる。

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階段を登りきると開けた住宅地になっていた。古墳は地図で見ると道の一直線上なのだが、大きな団地があって突き抜けられない。関係者以外立ち入り禁止の看板もあるので、突き抜けようとするやからが多いのかもしれない。右折して環状8号線から迂回することにする。


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玉川野毛町公園に入ると思いのほか大きな公園で野球場やプール、テニス場まで備えていた。その一角に野毛大塚古墳が保存されていた。

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古墳はこんもりした小山状になっていて階段が整備され登れるようになっている。


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古墳の回りを歩いているうちに野毛大塚古墳の石漂と案内板があった。

野毛大塚古墳

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東京都指定史跡
野毛大塚古墳(のげおおつかこふん)
所在地 世田谷区野毛1-36
指定  昭和50年2月6日

野毛大塚古墳は全長82メートル、後円部の高さ10メートルの帆立貝(ほたてがい)式の前方後円墳で、前方部に近接して小さな造出部(つくりだしぶ)が付設されている。墳丘の周囲には馬蹄形(ばていけい)の周濠(しゅうごう)が掘られており、周濠を含めた全長は104メートルである。三段に構築された墳丘(ふんきゅう)は全体が川原石で覆われ、円筒埴輪(えんとうはにわ)がそれぞれの段にめぐらされている。
後円部頂上には四基の埋葬施設があり、中央に粘土に包まれた割竹形木棺(わりたけがたもっかん)、南東側に箱式石棺、北西側に二基の箱型木管が納められている。割竹形木棺からは甲冑(かっちゅう)、刀剣(とうけん)、鉄鏃(てつぞく)などの武器・武具類、鉄鎌(てつがま)、銅鏡(どうきょう)、銅釧(どうくしろ)、玉類(たまるい)、石製模造品(せきせいもぞうひん)、竪櫛(たてぐし)などが、箱式石棺からは刀剣、鉄鏃、玉類、石製模造品などが、二基の箱型木棺からは、刀剣、鉄鏃、鉄鎌、石製模造品、玉類などがそれぞれ出土している。
野毛大塚古墳は関東地方の中期古墳文化を代表する五世紀前半に築造された古墳である。出土した多量の武器・武具類や石製模造品は、この古墳が南武蔵の有力な首長墓(しゅちょうぼ)であることを示している。
平成5年3月31日 建設
東京都教育委員会


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古墳の回りには出土した土器のレプリカが配置してある。古墳の全体を見るには、このレプリカの置いてある場所が最適だ。
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せっかく階段が設置したあるので、登って見ることにする。


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登りきって見ると上部は舗装された広場になっていた。古墳の頭頂部がハゲたような、少しの失望の中で見回すと座るのにちょうど良い石が置いてあった。

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もちろん石ではなく石棺と出土品を解説した案内板だった。ひとしきり古墳にも浸った気がしたので、渓谷に戻ることにした。団地内を通れば近いのは解っているのだが、やはり環状8号線を回って先ほどの階段を目指す。

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先ほどの階段に戻ってきたので右に渓谷探検を続けることとする。